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青稞「浮島幻想」

青稞「浮岛幻想」 (『推理世界』2016年1月B号)

岛田、东野、乙一、麻耶、行人、宫部と名乗る六人のミステリ愛好者たちが、湖に浮くコテージに集まっていた。しかし一晩が明けると参加者の一人が殺され、外界との連絡が絶たれたコテージでの推理合戦が始まる。

助走が極端に短く九割方を解決編が占める構成は他の作品でも試みているもの。大量のアイディアを純粋に見せるには有効な形なのかもしれないが、後半に至ると手数が増えるのに興趣が比例しないのは、トリックのフカし方や各自の綽名と推理のタイプをリンクさせる遊びが面白いだけにかなり残念。3 1/2

陳嘉振『矮霊祭殺人事件』

矮靈祭殺人事件 (三民網路書店)
陳嘉振『矮靈祭殺人事件』(新苗文化、2009)

賽夏(サイシャット)族の旧家である苑家では、当主の双子の弟が数十年ぶりの帰還を果たす。折しも当主の苑俊亮は、部族の伝統を観光資源に換えようと事業の展開を始めていた。
十年に一度開かれる伝統の矮靈祭が、長老の反対を押し切り規模を拡大して挙行されたそのとき、密室となった祭殿で苑俊亮とその弟が殺されているのが発見される。凶器となったのは奇妙な謂れを持つ「蛇腸剣」で、禁忌を破った報いではないかとの噂が流れ始めていた。


台湾的な推理小説の創作を試みる作者による、正面から横溝正史の換骨奪胎に挑んだ作品。 中心となる事件の調査は密室状況とそのトリックが中心にあるものの、そこを囲む状況の変転やサブプロットが充実していてかなり盛りだくさんな印象。その割に作品全体としてエクストリームな感じはなく、各要素を丁寧な筆致で整然と捌いていくあたりには熱気よりも落ち着きを感じる。堅実な作りで確実に満足感を与えてくれる作品になっていると思う。4

弋蘭「誰是兇手?」

誰是兇手? (博客來)
弋蘭「誰是兇手?」(誰が犯人?) (皇冠、2017)

産婦人科医の鍾智楷は、平常の仕事をこなす一方で、不幸な出産を阻止するために殺人や自殺幇助に手を染めていた。自ら死を望む何人目かの患者のためその家に向かった彼は、女がすでに何者かに殺されているのを発見する。

第五回島田荘司推理小説賞最終候補作。作者は第十四回(2016年)台湾推理作家協会賞で最終候補に残っている。あちらは作品の傾向からまさに期待されそうな捻りを入れた短篇だったが、この作品は「本格ミステリー」の募集を謳った賞に応募するにはなかなかの変化球か。定型に乗っていないのは視点のひねりだけにとどまらず、複数視点によってすでに読者の知っている情報が(登場人物へ)明らかにされていく書き方で、いわゆる謎解きの興味は強くない。強い動機に動かされる登場人物間の身の在り所がわずかにずれていくところがポイントだろうが、状況の転変重視の筆致はやや食い足りなさが残るかも。3 1/2

青稞『巴別塔之夢』

巴別塔之夢 (博客來)
青稞『巴別塔之夢』(バベルの塔の夢) (皇冠、2017)

幼少期の記憶を失っている青年の方遠は、ある日唐突に「バベルの塔の主」を名乗る人物から、多額の報酬とともにある「島」への招待状を受け取る。彼の相談を受けた探偵の陳默思とその友人の陸宇は、方遠とともに招待に応えることとなる。同様に招待を受けた男女たちが到着したのは、九階建ての塔が一つ建つだけの荒れた島だった。一同を迎えた男は、十年前、同様の塔が建つ孤島で暮らしていたある教団の存在について語る。その翌日から、島では不可能な状況での殺人が次々と起こりはじめる。

第五回島田荘司推理小説賞最終候補。作者は大陸在住の90年代生まれで、『推理世界』誌を中心に中短篇のかなり濃い本格ミステリを発表している。この作品も孤島で起きる不可能犯罪の連続に、目張り密室や「建築物詭計」についての講釈が挟まれ、なかなかマニアックな/先人への敬意を表した作り。
過去の因縁と現在の不可能な連続殺人を対比/連関する構成は同時に候補になった『歐幾里得空間的殺人魔』にも近いが、こちらは分量は少なめながら過去にかなり踏み込んでいく。章間に挟まれる夢の描写は眩暈感がよく出ている一方で、全体に物語の展開は直線的で、ストイックとも言えるが味気なさとも紙一重かも。
さて肝心の真相は、手が込んでいるのは確かで、一つの原理が解明されると様々な謎の糸口が掴める、という狙いも分かるのだが、細部の詰めにアンバランスな感じがあってエレガントさに欠けるのは否めない。選評の通り、生に近い形の発想をそのまま飲み込めるかが分れ目か。3 1/2

黒猫C『欧幾里得空間的殺人魔』

歐幾里得空間的殺人魔 (博客來)
黑貓C『歐幾里得空間的殺人魔』(ユークリッド空間の殺人鬼) (皇冠、2017)

観光客で賑わうフェロー諸島のミキネス島。香港から島を訪れた游思齊は、数学の天才である少女、司馬伶と出会う。滞在の二日目、彼らと同じホテルの宿泊客の一人が、その場の全員に犯行が不可能な状況で殺されてしまう。ミステリ好きの伶は、不可能犯罪に遭遇したことで早速探偵として奮闘を始める。
島では二十年前にも謎めいた事件が起き、今でも被害者の幽霊が現れるという噂があった――足跡と錠の二重の密室で死んでいた女は、縊死した後になぜか首を切られ、頭部はどこかへと消え失せていた。


第五回島田荘司推理小説賞受賞作。香港で活動する作者はこれまでに武侠ラノベ(?)を二冊出版していて、ミステリはこれが初だそう。
高飛車な天才少女の探偵役と引っ張り回される助手との掛け合いを軸に、幽霊との遭遇や皆既日食などのイベントを挟みながらテンポよく事件を起こしていく筆致はなかなかこなれている。ハウを焦点に置いた展開や視覚的な手掛り、動機の設定などはどことなく『金田一少年』チック。綿密な構想や驚天動地の発想という形容はあまり似合わないが、前のめりに豊富に盛り込まれたアイデアは一定の心遣いを感じさせて、「数学」を生かそうとする努力を含め豪勢な解決篇を楽しむことができる。4
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稲村文吾

Author:稲村文吾
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