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陳嘉振『矮霊祭殺人事件』

矮靈祭殺人事件 (三民網路書店)
陳嘉振『矮靈祭殺人事件』(新苗文化、2009)

賽夏(サイシャット)族の旧家である苑家では、当主の双子の弟が数十年ぶりの帰還を果たす。折しも当主の苑俊亮は、部族の伝統を観光資源に換えようと事業の展開を始めていた。
十年に一度開かれる伝統の矮靈祭が、長老の反対を押し切り規模を拡大して挙行されたそのとき、密室となった祭殿で苑俊亮とその弟が殺されているのが発見される。凶器となったのは奇妙な謂れを持つ「蛇腸剣」で、禁忌を破った報いではないかとの噂が流れ始めていた。


台湾的な推理小説の創作を試みる作者による、正面から横溝正史の換骨奪胎に挑んだ作品。 中心となる事件の調査は密室状況とそのトリックが中心にあるものの、そこを囲む状況の変転やサブプロットが充実していてかなり盛りだくさんな印象。その割に作品全体としてエクストリームな感じはなく、各要素を丁寧な筆致で整然と捌いていくあたりには熱気よりも落ち着きを感じる。堅実な作りで確実に満足感を与えてくれる作品になっていると思う。4
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弋蘭「誰是兇手?」

誰是兇手? (博客來)
弋蘭「誰是兇手?」(誰が犯人?) (皇冠、2017)

産婦人科医の鍾智楷は、平常の仕事をこなす一方で、不幸な出産を阻止するために殺人や自殺幇助に手を染めていた。自ら死を望む何人目かの患者のためその家に向かった彼は、女がすでに何者かに殺されているのを発見する。

第五回島田荘司推理小説賞最終候補作。作者は第十四回(2016年)台湾推理作家協会賞で最終候補に残っている。あちらは作品の傾向からまさに期待されそうな捻りを入れた短篇だったが、この作品は「本格ミステリー」の募集を謳った賞に応募するにはなかなかの変化球か。定型に乗っていないのは視点のひねりだけにとどまらず、複数視点によってすでに読者の知っている情報が(登場人物へ)明らかにされていく書き方で、いわゆる謎解きの興味は強くない。強い動機に動かされる登場人物間の身の在り所がわずかにずれていくところがポイントだろうが、状況の転変重視の筆致はやや食い足りなさが残るかも。3 1/2

胡杰『密室吊死詭』

密室吊死詭 (博客來)
胡杰『密室吊死詭:靈異校園推理』(要有光、2017)

女子大生三人が住むシェアルームには、三十年前に自殺した大学生の幽霊が出るという噂があった。それを聞きつけた程伊玲は噂の源流を突きとめようとするがその矢先、住人の一人が密室で縊死する。

『尋找結衣同學』(胡杰『尋找結衣同學』- 浩澄亭日乗)よりも前に書き上げていた作品だがなかなか出版に至らなかったそうな。低い視線からの描写がうまく、前作でも思ったが、情けない人間も洒落にならないユーモアもこうして平熱で描いていく冷徹な視線が作者の一番の武器なのではと思える。そうやって毒と妙な愛嬌を流し込まれ続けてこっちの認識がふらついているせいで、シンプルなトリックによる真相もインパクトを持つという。ホラーと謎解きが微妙に混じり合わない不思議な構成も、この作品世界では妙に効果を上げているように感じられてくる。3 1/2

台湾推理作家協会編『華麗的抛物線』

華麗的拋物線 (博客來)

台湾推理作家協会編『華麗的拋物線』 (醇文庫、2017)

台湾推理作家協会賞(短篇の公募賞)の最終候補作アンソロジー。 どれも地に足の付いた仕上げで、候補作集というのを抜きにして良い短篇集だと思います。巻末に載っている最終候補作選定の座談会は相変わらず手厳しい(去年は全選考過程が別冊になってたけどやめたのかしら)。肯定的な点をよく取り上げる陳浩基氏ブログの講評が求められるところである。宋杰氏は過去の陳氏の講評に励まされたと書いていて、私の知る限り胡杰氏、提子墨氏に続いて3人目。

・張乃玓「見詭旅社」
繁華街の宿に泊まっていた「おれ」は、突然若い女に叩き起こされる。女は「幽霊を見た」と言って怯えているようだが、鍵の掛かっていた部屋にどうやって入ってきたのか分からない。改めて戸締まりを確認していると、警官が部屋を訪ねてきて……

作者はこれで三回目の入選だが、「ミステリを書こう」という意識が強すぎた頃から、回を追うごとに作品が洗練されている気が。くるくる変化する展開が一つの事象にまとまる構成と、主人公の語りや行動の軽さがよく合っている。3 1/2

・柳豫「華麗的拋物線」
中学教師の「私」は、かつての教え子に一本の小説を読ませる──両親が離婚し、妹と離れ離れになって暮らす少女。親からは隠れて連絡を取り合っていた二人は、数年ぶりの再会の場所に六福村の遊園地を選ぶ。

今回の受賞作。選考座談会(第十五屆台灣推理作家協會徵文獎 決選評審會議紀錄 - 台灣推理作家協會)を読むに、わりと厳しい意見もあったが中興大学の陳國偉氏が強く推した模様。
序盤からの女子中学生視点の語りは、ばっちり決まった場面が続いて良い。謎解きの進行もしっかり芯が通っているのだが、それと同時にチープな展開が入り込み初めて、主人公や犯人のテンションにも付いていきづらくなるような。3 1/2

・林詩七「起死回生的塞班之戀」(蘇ったサイパンの恋)
ライターの李淮英はサイパンで台湾人の女性と親しくなるが、彼女は突然に姿を消してしまう。その思い出を綴ったコラムを読んで連絡を入れ、台湾で李と再会した彼女は、婚約者が山で遭難死したのだと話す。

この題名ですが基本的には山岳ミステリです。でもサイパンでの導入から謎の提示までの流れはとてもスムーズで、捜査→解決に至る展開も引っ掛かりがなくごく自然に流れる。良い事ではあるんだろうけどもう少し驚きが欲しい。3

・宋杰「赫爾辛基眼淚」(ヘルシンキの涙)
自殺を図ろうとした男は「ヘルシンキの涙」という謎の液体を手にするための招待状を受け取る。フィンランドへ渡った彼は、世界中から集められた招待客とともに専用列車で目的地へ向かう。しかしその夜、客の1人が車両の中で殺されているのが見つかる。

わりと珍しい正攻法の犯人当て。お話としてはかなり色々な要素を詰め込んでいるが決して消化不良ではないし、凝った謎解きではごく初歩的な手掛かりを使い方ひとつで難易度のあるものにしているのに感心。4

伊格言『グラウンド・ゼロ』

伊格言(倉本知明訳)『グラウンド・ゼロ』 (新潮社、2017。原著2013)

台北近郊の原発で大規模な事故が起こり、首都機能が台南に移った2017年の台湾。事故後初の総統選の期日が迫るなか、原発の技術者の生き残りである林群浩は、失われた事故前後の記憶を取り戻すため、夢を画像化する技術による治療を受けていた。

(普通)文学とSFの分野の両方で賞を受けた、至近未来が舞台の作品。ジャンル小説の要素を抽出するとプロットや道具立てにそれほどもの珍しさはないのだが、とにかく迷いなく現実に張り付く書き方が異様な感覚を生んでいる。
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Author:稲村文吾
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